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着地点

『ラッキー』だと思った。
今やっているWG(作業部会)と12月から始まるWG
ともに着地点は3月だという。

そして、あたしの「30年来の夢」の着地点も3月。

すべてが3月に焦点を合わせている。

来年4月からのポジション変えに向けて
中途半端なことが無いように、きっちりケジメがつく。

今、やり始めたことの3月の着地点ってのは
些か(かなり)無理無理なオチなんだけど
そうやって打ちだされたんだから仕方ない。
あたし的には、そこまでは一生懸命やるしかない。

なんでもそうだけど、目標が見えなくなると
人は気持ちがブレ始める。
大いなる使命があっても、それを見極めて
明確に目指さなければ、気持ちは萎んでしまう。

組織もそうである。船団のようなものである。
灯台のような人が居て、「こっちだよ~」と灯りを
燈して照らしてくれれば、皆がそっちへ向いて進んで
いけるが、真っ暗な夜の海で一隻が「あっちだよ」と
牽引しようとしても見えてない船達はついて
いかれないことだってある。
まぁ、アナログで レーダーもないと仮定して(笑)
・・・それが、人間にあてはまる気がするんだな。
あたしなんか遭難してる気分だった。

人間の場合、先頭をあるく人が模索し苦しんでいれば、
灯りが無いのは前進を停滞させてしまうこともある。

ずっと見えていた灯台が無くなってしまったら
次の灯台を見つけなくちゃいけない。
物理的に、見えないことって、ある意味 
強いリーダーシップが必要なんだと思う。
灯台になり代わって、光り輝くパワーが必要である。

着地点の明確なものは、ある意味わかりやすい。
が、形として見えないものは、それもわかりづらい。

どこにどう着地点をもっていくのか。
物理的に見える作業じゃないものを
どう展開していくのか。

自分の状況の狭間で苦しんでいるのは
あたしだけじゃないこともわかっている。
同じように苦しんでる人がいるってのも
重々承知している。自分の着地点は
見えてるつもりだったけど、今、大きな渦が
目の前に立ちはだかってるのは確か。
迂回をしていくか、この渦に向かっていくか
そう考えて、あたしは迂回する選択を
しなければ、沈没する可能性が高いことも
灯台が撤去された今では、必然だと思う。

迂回して航海を続けた暁に着地点である港は
見えなくなってしまうだろうか。

1隻で漂流しちゃわないように、
仲間の船にはぐれないよう
最後についていけるようにしよう。
そしたら、着地点(港)は見えてくるかな。
入港は最後だな・・・こりゃ・・・


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